五月の天使
文月悠光
――天使だったのか
胸の傷口からまっしろな羽をあふれさせ、
あの人は言った。
伏せられた紙たちを一斉に表に返して
わたしたちは
そこにある色や線に見入ったものだ。
真夜中のくぼみに腰をおろして
一滴のしずくを装っていた。
――天使なんていない どこにもいないの
あの人がはばたいてしまわぬよう、
わたしは手にナイフを光らせている。
互いに息を泳がせて
二人きりの海をつきとめるのだ。
あの人の胸に光を浅く描いていると
ただ、まぶしく快かった。
この息の帰り着く場所を思っていた。
●Profile
文月悠光
1991年北海道生まれ。 2008年、第46回現代詩手帖賞受賞。2010年、第1詩集『適切な世界の適切ならざる私』(思潮社)で第15回中原中也賞、第19回丸山豊記念現代詩賞を受賞。エッセイ・書評などを執筆。ナナロク社のホームページにて詩を連載中。タイツブランドtokoneに参加し、タイツに詩の言葉を載せる。2013年6月、第2詩集『屋根よりも深々と』を刊行予定。早稲田大学教育学部に在学中。
ウェブサイト:http://www.geocities.jp/hudukiyumi/