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icon 2013.5.10

4/10「HERE AND THERE」来場者ライブレポ◆ヒップホップの住人編〜後田一郎(仮名、出版社勤務)の場合〜

 スカイツリーでも東京タワーでも六本木ヒルズでもどこでもいい。とにかく高い場所で、東京の街を一望したときの感想は大きく二つに分かれるはずだ。それはおそらく「絶景だね!」か「気持悪い……」。これって言い換えると、東京が持つ情報の過剰性を“もうひとつの自然”と受け取るか、たんなる“ゴミ溜め”として扱うかって話じゃないだろうか。

 

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 2013年4月10日に平日の渋谷の片隅で観た、ふたつのヒップホップ・アクトが鳴らしたのは、前者の音楽。つまり、この国最大の情報集積地帯である東京を“もうひとつの自然”と捉えたステージだった。
 まずKILLER-BONGには、東京それ自体を徹底的に擬態するような強烈さがあった。まるで地下鉄で満員電車が動くときに感じる、密閉された重苦しい感覚を拡張したように聴こえる過剰な低音。そして、しゃがれた声でスピットされる、リリックの聞き取り不可能なラップ。それは自動車が鳴らす警戒のクラクションや繁華街の雑踏、そして路上やどこかのビルの一室で繰り返される怒号や罵声など、“もうひとつの自然”たるこの街から常に発散される基調音を、毒々しく凝縮したようだ。
 ステージで演者の顔が見えない程の過剰なレーザービームによる照明の下、この二つの要素がぶつかった時、そこに現前したのは、この街に住んでいると何かと馴染み深い情報過剰性がもたらす混沌そのものだった。ただ、そこでKILLER-BONGが面白いのは、その混沌に深く潜ることによって生まれる表現に、有無を言わせない美しさがあることである。それは一連の「Dub」シリーズはもちろん、様々な名義で野放図にリリースを重ねた初期のCD-Rなどのトラック主体の音源、さらにはアートブック『BLACK BOOK』まで一貫しており、THINK TANKやTHE LEFTYでの“K-BOMB”名義のラップの圧倒的な個性に惹かれ続けるいわゆる「日本語ラップ」ファンだけでなく、あらゆる層に熱狂的な支持者を続出させる理由だろう。

 

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 対する5lackのステージは、実兄のPUNPEEがバックDJを務めるとあってか、シンプルなセットながら、とても息のあったやりとりがこの日のトリにふさわしく会場のテンションを和やかに上げていた。
 筆者が5lackを観たのは、まだS.L.A.C.K.名義だった約3年前のDOMMUNEスタジオでのステージ以来。この時はまだ作品の数が今よりも多くはなかったし、何よりもその若さの躍動とラップの新しさに目と耳を奪われたものだが、今回はリリックが以前よりも異なったメッセージ性を帯びているように聴こえた。実際、この日は最後の“Fade Out”以外は、1st『My Space』からメロウなバック・イン・デイズもの“Hot Cake”ではじまり、ソロ作4枚からそれぞれ代表曲と呼べる曲が選択されていたことも、その印象を強くした。特に“NEXT”の「想像でオチるな 適当にいけよ」というリリックが象徴的で、端的に言うと、以前は自意識を巡る言葉に感じられたのだが、それこそ、震災後の生活をテーマにした4th『この島の上で』に収録されている“まとまらない街”の後にスピットされると、いつ崩壊するとも知れない、巨大ビル群のような情報の生態系と距離感を保って共生するための風通しのいい言葉として響いた。それは、つまり“もうひとつの自然”として機能する東京に対する付き合い方についての表現だったのではないか。


 今回、このイベントを宣伝する際に使われた“ロックとヒップホップの異種格闘”なる、少々気恥ずかしいフレーズがある。この手の言葉は、「カッコ良さにジャンルなんて関係ないよね! 音楽は自由だから~」という紋切り方の考え方をしばしば想起させるが、この日に関してはそれを結果的に回避していたように思う。確かにこの日出演した4つの音楽家たちは、狭義のジャンルを超え、幅広いリスナーからも支持されるポテンシャルが高く、実際に支持されている。ただ、この日が“異種格闘”足り得ていたのは、ブッキングはジャンルレスでありながらも、全編を通してそのジャンルだからこそ味わえる音楽の魅力が良い緊張感を生んでいたからだ。つまり、それはZAZEN BOYSと下山が、あくまでボーカル、ギター、ベース、ドラムというフォーマットを維持しながら、そのサウンド構築の追究によってステージ上に非日常を出現させるロックバンドとしての存在感を放っていたのと同じく、KILLER-BONGや5lackは、ローカル・ミュージックとしての起源を色濃く持つヒップホップのマナーを時に変質させつつも、“東京にまつわる日常”を描くラッパーとしての矜持を伝えていたということである。

 

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All Photo by Yukitaka Amemiya