icon 2013.6.1

文月悠光×福間健二◆POETRY FOR LIFE(第8回)

夕日の果実

文月悠光

 

夕日が街を押し倒していき、

影だけがくっきりと前に立ちあらわれる。

左手にさげたレジ袋の中身が

何であったか 思い出せなくなっている。

袋のなかで新たに実りはじめている、

夏の光がふくらはぎに触れて熱かった。

 

休息ののちに

あたらしく呼吸をはじめたのは

今までとは違う、別の人。

名もない息を帰らせて

この身はひっそりふくらんでいく。

誰かの背中を押さないように

うっかり線路へ落とさぬように

ゆるやかに実を結ぶのだ。

 

レジ袋に差し入れた途端

ものごとは熟しきってしまうから

すぐさま皮をむしりとり、

種を吐いて、味わってしまおう。

手の甲で唇をぬぐうと

微かに甘い花の香がした。

しぼりたての闇がひたひたと

肩のあたりまで もうきている。

 

 

 

●Profile

近影正面(小)文月悠光

1991年北海道生まれ。 2008年、第46回現代詩手帖賞受賞。2010年、第1詩集『適切な世界の適切ならざる私』(思潮社)で第15回中原中也賞、第19回丸山豊記念現代詩賞を受賞。エッセイ・書評などを執筆。ナナロク社のホームページにて詩を連載中。タイツブランドtokoneに参加し、タイツに詩の言葉を載せる。2013年6月、第2詩集『屋根よりも深々と』を刊行予定。早稲田大学教育学部に在学中。

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