夕日の果実
文月悠光
夕日が街を押し倒していき、
影だけがくっきりと前に立ちあらわれる。
左手にさげたレジ袋の中身が
何であったか 思い出せなくなっている。
袋のなかで新たに実りはじめている、
夏の光がふくらはぎに触れて熱かった。
休息ののちに
あたらしく呼吸をはじめたのは
今までとは違う、別の人。
名もない息を帰らせて
この身はひっそりふくらんでいく。
誰かの背中を押さないように
うっかり線路へ落とさぬように
ゆるやかに実を結ぶのだ。
レジ袋に差し入れた途端
ものごとは熟しきってしまうから
すぐさま皮をむしりとり、
種を吐いて、味わってしまおう。
手の甲で唇をぬぐうと
微かに甘い花の香がした。
しぼりたての闇がひたひたと
肩のあたりまで もうきている。
●Profile
文月悠光
1991年北海道生まれ。 2008年、第46回現代詩手帖賞受賞。2010年、第1詩集『適切な世界の適切ならざる私』(思潮社)で第15回中原中也賞、第19回丸山豊記念現代詩賞を受賞。エッセイ・書評などを執筆。ナナロク社のホームページにて詩を連載中。タイツブランドtokoneに参加し、タイツに詩の言葉を載せる。2013年6月、第2詩集『屋根よりも深々と』を刊行予定。早稲田大学教育学部に在学中。
ウェブサイト:http://www.geocities.jp/hudukiyumi/