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鈴木卓爾監督インタビュー「うさぎみたいに『見続けている存在』がいて欲しい」◆最新作『楽隊のうさぎ』公開によせて

 「大事なのは『理由』にあるんじゃないかなと思います」

――俳優の宮﨑将さん、寺十吾さん、徳井優さん、プロデューサーの越川道夫さんとは、監督作『私は猫ストーカー』『ゲゲゲの女房』に続く3度目のタッグですね。気心知れた仲間とのものづくり、どうでしたか。

 

鈴木:越川さんとは、「箸のアゲサゲ」だけでドラマができているような映画をやりたいという事を話したり、聞こえづらい小さな音でも重要な何かってそっちにあるんじゃないか?みたいな事で見たい映画の事を話したり、そうやって続いて来ました。そこから三本目になり、「他者がどれだけ見えているか?」ということが、今回の映画の中ではとても大事なポイントになっていきました。私がどこか追いつかない事になっている時、みんなを見続ける事が難しくなってしまったとき、越川さんに台本や演出面で助けてもらいました。イメージをあらかじめ自分で描いてしまいがちなのですが、その場で生まれたイメージをどうみんなで共有するか?そこから個人がどういう言葉を発するか?そういったやりとりをずっとやっていきました。それは磯田さんと越川さんとの間でも、スタッフのみんなとの作業も同じでした。

 

――「いまの時代を生きている中学生に観てもらいたいというのがモチベーションになった」とおっしゃっていましたが、映画で触れ合った子どもたちを通して、鈴木さんの目には現代の若人はどう映りましたか?

 

鈴木:昔も今も同じだと思います。子供達が出会う時代のカラーが移ろっていたりするとは思います。これは越川さんが言っていましたが、花の木中学吹奏楽部のみんなはとてもしっかりとしていました。

 

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――改めて、ご自身が生まれ、そしてフィルムにおさめた「静岡」はどんな街でしたか。

 

鈴木:私は磐田市の生まれで、浜松市は中高生の頃、電車に乗って映画を観に行く都会というイメージでした。よく知っている気でいたのですが、映画の為に改めて街にいると、知らない表情やどこか遠くの町と感じる事があり、それは中高生の頃に抱いていた浜松という町への気持ちを再燃させました。近くにあっても、ひとつ町並みを越えたら、町ってさまざまな空気に充ちているなあと思っていました。

 

―― 『私は猫ストーカー』でも、「谷根千」に実際に暮らす家猫や野良猫を起用していました。地域性や素人(素猫?)にこだわりがあるんでしょうか?

 

鈴木:『私は猫ストーカー』という映画を越川さんと作ってから、「町」や「街」というものに拘るようになりました。「町」や「街」も、人と同じくらい映画にするのに大事なのだと思っています。映画は、俳優やアマチュアのわけ隔てなく映します。ですが「理由」が見えないと映らなかったりします。大事なのは「理由」にあるんじゃないかなと思います。「町」の「理由」が見えるから、町の映画になっていくんだと思います。それは映画に必要な事のひとつではないでしょうか。

 

――次に撮ってみたい場所やひとは?

 

鈴木:ぱっと誰とか、場所とか、思わないのですが、電車に乗っててもこんな人を見たいなあとかいう視点で乗客の人を見たり、こんな場所で撮りたいなあとか散歩していたり、そういう事を理由も無く考えてしまいます。