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井上弘久(ex.転形劇場、Uフィールド)インタビュー◆チャールズ・ブコウスキー没後20年にたむける朗読演劇『町でいちばんの美女』に寄せて

群れないで生きようとする者なら誰でも感じないではいられない闇であり、孤独さがある

——ブコウスキーのいちばんの魅力はなんですか。

 

井上:ひとつは作品をきわだたせる闇、とでもいいますか、主人公たちの孤独さ、です。今の時代を多数に迎合しないで、群れないで生きようとする者なら誰でも感じないではいられない闇であり、孤独さだと思います。

 

——とくにコレっていう作品はありますか。

 

井上:今回のソロライブのタイトルにもある『町でいちばんの美女』での闇ときたら、なかなか他には例がないといえるほどの濃さと深さで読む者に迫ってきます。

 

——闇といえば、『町でいちばんの美女』のキャスの悲劇的な結末が思い浮かびます。

 

井上:主人公の<私>とキャスは深く愛しあいます。しかし、深く愛したからこそ、キャスは死を選んだ。どうしてキャスが死んだのか、キャスの内面は言葉としてはいっさい語られていません。語られないからこそ闇は深まり、孤独がきわだちます。闇が、孤独がきわだつぶん、愛の瞬間はよりいっそう輝きを放ちます。それが輝けば輝くほど闇がさらに濃くなる。深くなる。

 

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作品にウソがないこと。そして、独特なユーモア精神。

井上:もうひとつの魅力といえば、作品にウソがないこと。「いい女だ!」と思ったら、その後をついていってしまう。「こんなにあからさまに性欲について書いていいのか?」と思うことまで平気で書いてしまうウソのなさは、ほとんど潔癖症といっても過言ではないように思えるし、さらに、いわゆる文学的な修辞というものもいっさいありません。

 

——たしかにすぐ女についていってしまうし(笑)、とっても読みやすいですよね。

 

井上:言ってることがストレートに読み手に伝わってきます。このストレートさは類がない。全米の図書館でいちばん借り手の多い作家がブコウスキーだそうです。それからソロライブの若いスタッフで、今まで小説にはいっさい興味がなかったHさんも「ブコウスキーは面白いですね」と笑顔で話してくれました。

 

——全米の図書館でいちばん借り手が多いって、スゴイですね。

 

井上:さらに、わかりやすいにもかかわらず、奥が深い、という事実。親から受けたほとんど虐待ともいえる扱いから、思春期の顔を含む上半身じゅうにできた尋常ではない胡桃大のデキモノ、放浪生活、生きるためにやらなければなかったいろいろな仕事等々、さまざまな経験がもたらした人生哲学としか言いようのないものが、彼の作品には貫かれています。

 

——プロフィールにはドイツからの移民であるともありました。とんでもない人生です。

 

井上:そして、独特なユーモア精神。昨年も上演し、今年はリニューアル版をやる予定の『15センチ』は、ブコウスキーのユーモア精神が存分に発揮された作品だと思います。

 

——『15センチ』は、魔女に体を15 センチに縮められて、玩ばれる男のお話ですね。

 

井上:ブコウスキーの作品には、時として、あまりにもむき出しすぎて読みつづけるのが辛くなるものもありますが、彼のユーモア精神に触れたときは、まるで美味い酒を口に含んだような豊かさが感じられるのです。さきほど闇ばかり語ってしまいましたが、悲劇としか言いようのない『町でいちばんの美女』の中にも、思わずニヤッとしてしまうユーモラスな瞬間はありますよ。