グルメ石原のグルメ漫遊記 黎明編 第1回
「ソースやきそばが名物の四川料理屋」
石原正晴
夕方から台風が来るということだったので、本屋に行くことにして家を出た。愛車のハイパーカブ50に飛び乗ってエンジンをかけ快調に走り出したが2、30メートルくらい進んだあたりでぼつぼつ雨が降り始めていることに気がついた。くそ、と思ったが風邪をひくと困るのでバイクを戻し、怪我の功名、こうなったら道すがら飲んでやろうと思って傘を差して歩いて行くことにした。朝からずっと部屋でサンプラーをいじっていたので腹も減っていた。
本屋までの道には昼から酒を飲ませる店がいくつもある。気が利いたような店からそうじゃないようなのまで様々で、自分は流し目でさりげなくそれらの店を一軒々々チェキりながらぶらぶらと歩きつつ、自分が昼から台風の気配を感じながら一杯やってる様をkocoronoなかでシミュレートした。情緒を重んずる自分は昼から一杯やるのにふさわしい侘び寂びのピリッと効いた店でゆったりじっくり飲みたいなあ、イカとか食べて、と思う一方で、同時になぜかがむしゃらに、かつ自暴自棄になって肉の塊を食べたいといった少年のような気持ちもどこかに強烈にあって、自分は往来の真ん中で人知れず葛藤した。昼から肉なんて叶姉妹じゃあるまいし、オシャレじゃないよ、と持論を展開するアダルトな自分と、いやだいやだ、肉汁溢れるケダモノの死骸を屠って千切って食すんだい、と駄々をこねるチルディッシュな自分が脳内で内ゲバを起こしており、その二人の自分に挟まれた、謂わば自分の中の良心とも言えるバランス感に優れた自分(つまりこの私)は困り果てた。
どうにかしなければ…このままでは自分は昼から商店街の真ん中で解離性同一性障害を発症してなんかよく知らんけど困ったことになってしまう、酒も飲めずに、と絶望の淵に落ちかけた自分の目に突如飛び込んできたのは「四川」の二文字だった。店の外観もざらっとした中に品格を湛えたような趣で、いかにも本格の中華を出しそうに見えた。それも四川…ぴりっと辛くてシビれもあって、ちょっぴり照れ屋でそのくせでっかくて…今の自分にぴったりじゃねえかこの野郎、と一匹の修羅のようになって自分はその店に飛び込んだ。
店内は程よく抑制の利いた洒落た内装になっていて、奥の席で作業服の男性がひとりで『ことわざ辞典』を読みながら料理を待っていた。自分は窓に面した通りの見える席について、『神の左手 悪魔の右手』を読みながら店員を待った。どうやら店主ひとりで切り盛りしているらしく、奥の厨房で料理を作っている音が聞こえた。しばらくすると初老の、いかにも達人といった感じの店主が登場し、作業服の男にソースやきそばを出した。ソースやきそば?おもむろにメニューを開くと一番のおすすめメニューの欄に「ソースやきそば」と書いており、自分は内心春風亭柳枝ばりにずっこけた。と同時に本格の中華の店が出すソースやきそばにむくむくと興味が湧くのを抑えられなかったが、「アダルトかつ自暴自棄」という趣旨とあまりにかけ離れてしまう為冷酷にこれを却下、店主を呼び止めピータンと中瓶、麻婆豆腐定食を注文した。
往来を見ながらビールを飲んでいると、料理が運ばれてきた。美味かった。山椒の香りがビリビリと刺激的でなおかつ確かなボトムに支えられた足腰の強いビート感、それでいて豊かなプレゼンスは祝福感に溢れ箸を持つ手が震えた。いや、震えはしなかった。食後にヒーコーをみーのーしていると店主が厨房から現れ、人生酸いも甘いも見てきたといった表情で店のドアから空の様子を伺っていた。「なんだかよくわかんない天気ですね…」とこれから殺人事件でも起こりそうな感じを醸し出しながら店主が言った。台風が来てるんだから当たり前っしょ、と思ったが口に出さず、自分も空を見上げて「そうですね…」とシブく応えた。
店を出るともう雨は止んでいて、自分は傘をスイングしながら本屋まで歩き、漫画を買って帰って台風の音を聞きながらそれを読んで寝た。
※第2回「御苑名物オムライス」はこちら。
●Profile
石原正晴
1983年3月3日に三重県四日市市に生まれ、13歳から神奈川県横浜市で青春時代を過ごす。ロックバンド・SuiseiNoboAz(スイセイノボアズ)のギタリスト兼ボーカリスト。現在は東京都新宿区近辺で生活している。
●Information
◆Booked!
2014年11月1日(土)@Shibuya O-Group
※SuiseiNoboAzバンドセットでの出演
◆ザ・ハリエンタルショウ 5 来来来チームゲストボーカルシリーズ最終回!
2014年11月6日(木)@Shibuya O-nest
※石原正晴がゲストボーカルとして数曲歌わせて頂きます。
◆2014年11月16日(日)@相模原Cafe dacota
※石原正晴ソロでの出演