グルメ石原のグルメ漫遊記 黎明編 第2回
「御苑名物オムライス」
石原正晴
新宿御苑の近くにオムライスを食わせる店があった。特別なオムライスではなくて、ケチャップライスの上に薄い卵焼きをぺたっと貼り付けただけの、文武両道家庭的な一面も併せ持つ自分が家でお掃除片手にぺろっと作るようなそれこそ何の変哲も無いオムライスで特別美味いということもなく、しかもオムライスを食わせる、とは言っても店自体も小さな、どちらかというとべたっとしていて小汚いような中華料理屋だったのだけども、自分は何故だかそこのオムライスが好きで近くに寄ったときはいつもツルッと食べに行っていた。
店に入ると80年代のエレキギターのような妙にスルドい角度でカウンターが設えてあって、自分はいつも入ってすぐのテレビがとっても見やすい給水機の前の席に座ることにしていた。正面に盛り付けと会計担当のおばあちゃんがきびきびと働いており、右手奥の調理スペースで山高帽を被り首元に西部劇に出てくる列車強盗風にバンダナをキメた店主のおじいちゃんが中華鍋を振るっていた。壁に手書きの文字で「御苑名物オムライス」と書いた紙が貼ってあり、その「御苑名物」という無邪気で子どもじみていてちょっぴり誇大妄想的な言葉の不思議な魔力に一発でやられてしまった自分は、初めてこの店に入ったときからこの「御苑名物オムライス」以外は注文したことがなかった。
注文が入るとおばあちゃんが電子ジャーから適量のライスをどんぶりに移し、それを受け取った列車強盗のおじいちゃんが素早くケチャップライスを作り始める。景気の良い音を立てながらおじいちゃんは中華鍋を振るい、どぼどぼとその中にケチャップを投下、均一に混ざるとおもむろにべた、とそれを皿に盛り付け、その上におばあちゃんがどこからか作り置きしていたと思われる卵焼きを引っ張り出してきてぺたっと貼り付ける。ただこれだけの料理なのだけど、ケチャップライスが酸っぱくてところどころ焦げてばりばりいう感じだとか、薄い卵焼きをぺりぺり破きながらライスと混ぜながら食べる感じが自分は好きだった。大盛りを注文すると食い切れない程盛り付けてくれるところや、白湯のような中華スープを一緒に付けてくれるところも気に入っていた。
すこし前になるけれど、またあの自分チみたいなオムライス食いてえなあと思ってその店へ向かってみると、なんだか様子がおかしい。店の中は薄暗くてがらんとして人影はなく、看板も外されている。その店は突然閉店していたのだった。近付いてみるとガラス扉に模造紙のようなデッカイ紙が2枚貼り付けてあり、そこに何か文字がびっしりと書いてある。それは列車強盗風のおじいちゃんが書いたと思しき、まるで辞世の句のように壮絶なポエムであった。
その一世一代の(そしておそらく人生で一度きりの)ポエムに中てられたのか自分はなんだか瞬間的に胃の上のエモのあたりがガッと沸き上がるようになって、すぐに疲れてなんだかがっくりとしてしまった。そのまま四谷三丁目の方まで歩き、適当な洋食屋に入りオムライスとビールを注文した。卵は半熟でフワフワしていたし、上にドミグラスソースみたいな感じのなんかよくわかんないソースがかかっていて家で作るよりも美味かった。
※第1回「ソースやきそばが名物の四川料理屋」はこちら。
※第3回「ゴーヤしかない沖縄料理屋」はこちら。
●Profile
石原正晴
1983年3月3日に三重県四日市市に生まれ、13歳から神奈川県横浜市で青春時代を過ごす。ロックバンド・SuiseiNoboAz(スイセイノボアズ)のギタリスト兼ボーカリスト。現在は東京都新宿区近辺で生活している。