「東京暮らしの僕と地元の同級生との価値観の違いがどんどん広がっていくんですよね」
――でも、なぜ漫画に行き着いたんでしょうか。
ヤバ子:実は僕、もともとは小説を書きたかったんですよ。大学が文学部だったんですけど、夢枕獏さんがOBでいて、何度かお話を講義で聞いていたんです。とても面白い方で、それが刺激になっていました。
――文学部に入られた時点で小説家になりたいと思っていたんですか。
ヤバ子:当時はワナビというか、夢物語を描いていましたね。新人賞に受かって文筆業だけで…みたいな。でも、在学中は書かなかったんですよ。だから、最初は漫画ではなく文章を公開しようと思っていたんです。でも、ネット小説って読む人少ないんですよね。それで、ネタでもいいから漫画を描いてみるかっていうのが始まりですね。漫画って1人でつくれますから、始めやすかったんですよ。関わる人数が少ないほどフットワークも軽くなりますから。映画やドラマは本当に大変だと思いますよ。
――裏サンデーで連載されるようになったのはどういうご縁だったんですか。
ヤバ子:WEBで公開していた漫画を担当編集者が見ていてくれたみたいで、「うちで描いてみない?」っていうメールが来たんですよ。
――それは、今も公開されている「求道の拳」ですか。
ヤバ子:そうです。新都社っていう、WEB漫画や小説を集めた架空の出版社みたいなサイトがあるんですけど、そこで連載してたんですよ。連載と言っても、各自自分のサイトのリンクを貼って見てもらうような、リンク集みたいなノリなんですけどね。当時は「ワンパンマン」のONEさんや、「東京喰種 トーキョーグール」の石田スイさんも同時期にいて、盛り上がっていましたね。
「求道の拳」
――裏サンデーを始め、となりのヤングジャンプなど、今では出版社が運営する漫画サイトも増えましたが、その頃はちょうどWEB漫画が広まり始めた頃だったんでしょうか。
ヤバ子:そうです、まさに黎明期だったと思いますね。今は漫画業界の成り方が変わってるかもしれないですね。今までは師匠がいて、アシスタントやってっていう流れがあったと思うんですが、僕、師匠いないですし。だから、未だに知らない漫画業界のしきたりもあるんだと思います。
――最初は1人で漫画を描かれていたわけですが、裏サンデーで連載が決まって、初めてだろめおんさんの作画が上がってきた時は、やっぱり感動されましたか。
ヤバ子:テンション上がりましたね。こうなるんだ!と思って。作画がついたのは初めてでしたし、貴重な体験をさせてもらっていますね。
――作画によって説得力が上がる部分もありますしね。シリアスなシーンや格闘のシーンを見ると特にそう思います。
ヤバ子:ただ、難しいところもあって、僕は絵が下手なので、僕が描いていた頃は読者の想像力で補ってもらっていた部分があったんですよ。作画のクオリティが上がるとそれができなくなっちゃうんですよね。
――それは考えたことがなかったです…!
ヤバ子:例えば、合気道のシーンがあったとして、僕が絵を描く場合であれば、気功みたいな感じになっちゃってもいいですよ。読者が頭の中で補完してくれますから。ただ、うまい人がそれをやってしまうと逆に違和感しかなくなってしまうんです。だから、そういう時はつくり方を変えようという風になることもありますね。本当に難しいです。
――余白がなくなってしまうということですね。そういうことをお考えになるのも、もともとは小説家を志していらっしゃったからなのかもしれないですね。ビジュアルがない分、小説の方が余白が多いですから。
ヤバ子:そうかもしれないですね。小説家も大変な仕事だと思いますよ。
――日本だと小さい頃から当たり前のように身近に漫画がありますが、身近に触れているからこそ、純粋な気持ちをずっと持ったまま漫画家になっている人が多いような気がするんですが、どうなんでしょうか。
ヤバ子:それは人それぞれですね。でも、編集者の方が言っていたのは、社会経験を積んでいる方はありがたいらしいです。学生からそのまま漫画家になる方もいらっしゃるじゃないですか。所謂、社会のお約束がわからないと、少ししんどいとは聞きましたね。
――ヤバ子さんが、漫画を描き始めたのはいつですか。
ヤバ子:いや、僕は25歳の頃から描き始めたので、今6年目くらいですかね。
――タイミングとしてはかなり遅いですよね。どうして描こうと思ったんですか。
ヤバ子:その頃は会社員だったんですけど、ある日たまたま早く仕事が終わったんですが、家に帰ってもすることがなかったんですよね。そこで学生時代にペンタブを買っていたのを思い出して、やってみようかなと思って描き始めたのが最初ですね。
――すごいですね。絵を描くことに対する抵抗はなかったんですか。
ヤバ子:まあ、なんとかなるだろうと思ってました。WEB漫画って、話はめちゃくちゃ面白いけど、絵は下手っていう人が多かったんですよ。正直、ナメてた部分もあったかもしれません。これが人気出るなら、俺も大丈夫だろうみたいな。
――これは最初にお聞きするべきだったのかもしれないんですが、「サンドロビッチ・ヤバ子」というペンネームの由来はあるんですか。
ヤバ子:意味はないんですよ。インパクトあるかなっていう、それだけですね。
――「求道の拳」を描き始めた頃から同じペンネームなんですか。
ヤバ子:そうです。今となっては、もうちょっとかっこいい名前にしておけばよかったかな、とは思いますけどね(笑)つけた当時考えたのは、漢字だと読めないといけないので、カタカナにしようってくらいですね。
――でも、極端なことを言ってしまうと、「ヤバ男」でもよかったわけですよね。
ヤバ子:そうですね。何でもよかったんですけど、「ヤバ子」の方が語感がよかったんですよね。
――実際にお会いした時のインパクトもありますしね。ヤバ子さんってどんな人かな、と思ってたら、男らしい人が来た!みたいな。
ヤバ子:一度名乗れば忘れないと思いますしね。
――普段の作業はどこでされているんですか。
ヤバ子:僕は家ですね。それが一番落ち着きます。
――一人暮らしですよね。
ヤバ子:そうです。まだ相手はいないですが、結婚に憧れはありますよ。ただ、仕事の業務形態が一般の会社員の方とは違うじゃないですか。それがひとつネックで。
――確かに、理解してもらえないこともありますよね。
ヤバ子:そうなんですよ。なかなか遊びに連れて行けないだろうし。お互い個人行動できれば一番いいんでしょうけど…今、そこですね、やらなきゃいけないのは。僕の仕事を許容してくれる人を見つける。
――すぐ見つかりそうな気がしますが…
ヤバ子:でも、アイデア出しとか言って飲みに行って、帰って来ないんですよ。さすがに怒りそうじゃないですか。
――仕事してるのか遊んでるのかわからない。
ヤバ子:そうなんですよ。ひょっとしたらみなさんも同じ経験をされたことがあるかもしれないですけど、仕事してないと思われることが非常に多いんですよ。「好きな仕事していていいですね」ならいいんですけど、「遊びで金もらえてていいね」っていう言い方をする人もいるじゃないですか。「社会人じゃないからわかんないかもしれないけど」とか。
――社会人なんですけどね。
ヤバ子:そういう人の「社会人」は、会社に勤めてて役職があって、っていう人を指すんでしょうね。言いたいこともわかるんですけどね。会社員が出勤する時間に僕は酒飲んでたりしますから。だけど、釈然としない。当たり前ですけど、めちゃくちゃ考えて漫画描いてますからね。
――それで食えているわけですしね。
ヤバ子:そうなんですよ。僕の仕事って、勤務時間が決まっているわけじゃないじゃないですか。極論ですけど、30分でいいものができるんだったら、あとは遊んでてもいいわけですからね。もちろんそんなことは不可能ですけど、そういうところは理解してほしいと思います。
――ご出身はどちらですか。
ヤバ子:鳥取です。高校卒業してから東京に来ました。
――いずれは地元に戻りたいと思いますか?
ヤバ子:たまに実家帰ると思うのが、田舎になればなるほど如実になると思うんですが、東京暮らしの僕と地元の同級生との価値観の違いがどんどん広がっていくんですよね。向こうに住んでいて僕らくらいの年だと、結婚して子供が何人かいて当たり前だし、実家住まいも普通だし、僕にとってはカルチャーショックの連続なんですよ。
――わかります。みんな子供の話と嫁の愚痴で盛り上がってて、何か違うな…と思っちゃうような。
ヤバ子:飲みに行っても日付が回る頃にみんな帰っちゃうし。僕はせっかく久しぶりに会ったので朝まで、と思って行くんですが、時間の感覚も違うんですよね。実際、朝までやってる店がない、みたいなのもありますけど。地元の友達と会うのは楽しいんですけど、住むのは無理かな、と思っちゃいますね。