hanabishiso
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足立正生(映画監督)と阿佐谷隆輔(脚本家)の対話「想念をつかって、頭蓋骨の中で生きている永山則夫になってみろ!」◆『花火思想』をめぐって

自分を見極めないともう生きていけない

阿佐谷:ぼくは秋葉原事件の加藤智大と埼玉県の自動車工場で、同じ時期に働いていたのですが、彼や神戸の酒鬼薔薇事件など、ぼくと年齢の近い犯罪者よりも、歳は離れていても永山則夫が一番、ぼくにとっては理解できる感じがするんです。犯罪の動機に個人的ではない部分が多く割合を占めているところとか。

 

足立:永山本人がそう言っている。囚われた後の獄中で、怨念とか希望とか概念化できなかった思いの中身をもう一回勉強して書いたのが「無知の涙」でしょう。そのときの彼の筆圧の強さ。力を入れて、刻み込むようにして書いている。自分をわかろうとしている。そこに着目すれば、いい映画ができるんじゃないかとぼくは思います。

 

阿佐谷:他の犯罪者との決定的な相違点は、永山則夫は「表現」というものに根を下ろしているところだと感じます。

 

足立:その点ではジャン・ジュネ(★3)という大先輩がいるじゃないですか。時代も住んでいる場所も違うけれど、ジュネも泥棒と同性愛で長い間獄中にいたし、彼がなぜ表現者になっていったかというプロセスは永山とほとんど同じだとぼくは思っています。つまり、自分を見極めないともう生きていけないという点では共通しているんです。だから、軽々しく「自分探し」とか「マイ・レボリューション」とか言われたら困るんですね。

 

阿佐谷:さっき筆圧の話がでましたけど、永山や、はたまたマルコムX(★4)なんかも獄中でものすごいスピードで本を読み、無知を克服しようとしたんですよね。これは人間が潜在的に持つ圧倒的な力が無知によって引き出されているのでしょうか?

 

足立:監獄に不本意にぶち込まれたら、やることは何か。ブチ込んだ奴らに対する怒りのせいで、何で俺がやられたか、って「俺」について考えるでしょう。そして、永山を描くのなら、内面を描かなければならないのだから、自分も永山になってみなければならない。『花火思想』を観ていても、主人公を描くにあたって、実は遠慮しているものがたくさんあるだろう、と思った。永山がみた風景というのは、ぼくらには、永山がここに立っていたのであろう風景としてしか見ることができない。だから、永山が見ただろう風景だけではなくて、永山が立っていただろう空間を入れて『略称・連続射殺魔』(★5)を撮った。でも、阿佐谷君は若いんだから、何度も永山則夫になってみて、想念の世界で勝負できるはず。自分を永山に映してみると、ちょっと自分と違うもの、自分を超えているものもある。それは、どういうことなんだろう?って思うはずです。勉強なんて優雅なことを言ってないで、即、やってみる。だめだったら、「続」、「続・続」、「続・続・続」と作り続ければいい。僕も刑務所に4年半ほど入っていたから、これは言っておく。刑務所っていうのは特殊な抽象空間なんだよね。外に流れている時間と中に流れている時間が違う。それを恐れて権力は、朝の点呼などをして時間を区切って、囚人に独自の時間を作らせないというのが監獄のシステムの基本になっている。でもそんなことをしても、中の時間は特殊だから、三和土に畳が2枚の密室で自分を追求できるわけ。俺なんかは独房だったから、自分の頭蓋骨の中で生きているようなもんだし、頭蓋骨の中で勝負しなければならない。酒も煙草もダメ。朝昼晩、アルミの弁当箱でめしが出て来て栄養をつける。ちょっと体がなまったら、体操場に15分間だけ行ける。今日から阿佐谷君も酒と煙草をやめて、頭蓋骨の中で生きている永山になってみたらいい。挑発、うまいだろう(笑)。

 

 

 

注釈

★1:「私たちの望むものは」

フォークシンガー岡林信康が作詞、作曲したフォークロック。URC(アングラ・レコード・クラブ)から1970年6月にリリースされたセカンドアルバム『見るまえに跳べ/岡林信康アルバム第二集』に収録された曲で、ロックバンド・はっぴいえんどが演奏を務めている。映画に使用されたのは、1970年8月に開催された全日本フォークジャンボリーでの演奏で、70年10月にベルウッドからリリースされた『自然と音楽の48時間 1970年全日本フォークジャンボリー』に収録されたもの。こちらもはっぴいえんどが演奏を務めた(この演奏は中本達男・野村光由監督の記録映画『だからここに来た』のなかに映像として残されている)。アルバム版は、ゆっくりとしたテンポの演奏だが、映画に使用されたライブ演奏は、より速く情熱的。鈴木茂のエレキギターが歪みながら激しく響き、ロック色が強くなっている。

 

★2:永山則夫

1949年生まれ。1968年から69年、19歳の時に、横須賀の米軍宿舎から盗んだ拳銃を使い、東京、京都、函館、名古屋で連続射殺事件を起こした。69年、逮捕。獄中で独自に勉強し、71年に手記、「無知の涙」「人民を忘れたカナリアたち」発表。83年、小説「木橋」で第19回新日本文学賞を受賞。97年、東京拘置所で死刑執行され、48歳の生涯を閉じる。

 

★3:ジャン・ジュネ

1910年、パリ生まれ。父親はわからず、母からは捨てられ孤児院に託される。10歳で窃盗のためメトレ感化院へ。19歳、外人部隊に志願、シリアに向かうも脱走。31歳、フレーヌ獄中で「死刑囚」を匿名出版。ジャン・コクトーがこれを擁護した。「詩篇」、「花のノートルダム」「泥棒日記」などの小説、「女中たち」「バルコン」などの戯曲、映画『愛の唄』を発表。パレスチナに何度も渡り「恋する虜」を記した。足立監督もパレスチナでジュネと会ったことがあるという。1986年、パリの安宿で死去。「わたしが盗みをはじめたのも、飢えていたからです。それから、わたしは自分の行為を正当化しなければなりませんでした。それを受け入れなければならなかったのです」「われわれは、(引用者付記・獄中で)紙袋を作るために紙を与えられていたのです。わたしがその本(引用者付記・「花のノートルダム」)のはじめの部分を書いたのは、その茶色の紙にでした」(「インタビュー一九六四」――諏訪部仁・訳、浅田彰責任編集「GS5 ジュネ・スペシャル」(UPU刊)収録より引用)

 

★4:マルコムX

1925年生まれ。アメリカの黒人公民権運動の活動家。自給自足の農園を営む牧師の家庭に生まれる。6歳の頃、人種差別主義者の手により父が惨殺され、母は精神を病み、白人の上流家庭に引き取られる。高校を中退し強盗に手を染め20歳で逮捕される。獄中でブラック・ムスリムと出会う。また、刑務所の図書館の全ての辞書を筆写、独自に学習を重ねた。出所し、ネーション・オブ・イスラムを経てアフリカ系アメリカ人統一機構を組織。1965年暗殺された。

 

★5:『略称・連続射殺魔』

『去年の秋/四つの都市で同じ拳銃を使った/四つの殺人事件があった/今年の春/十九歳の少年が逮捕された/彼は連続射殺魔と呼ばれた』という原題を持つ1969年製作・1975年公開のドキュメンタリー映画。「永山が見ただろう風景だけではなくて、永山が立っていただろう空間」の映像に激しいフリージャズが重ねられる(この演奏はのちに『アイソレーション』の題でレコード化された)。共同製作は足立正生、岩淵進、中村光三郎、野々村政行、山崎裕、佐々木守、松田政男。音楽監修は相倉久人。演奏は冨樫雅彦、高木元輝。

 

 

 

●Event Information

『へばの』連続上映2014

Vol.2 すべてが消し飛んだあと、いま撮るべき映画はあるのか

『へばの』×『花火思想』

 

2014年5月17日(土)@東中野ポレポレ坐

開場18:00/開映18:30

料金:予約1500円/当日1800円

 

『へばの』『花火思想』上映後にトークショー

ゲスト:大木萠(『花火思想』監督) 、阿佐谷隆輔(『花火思想』脚本・撮影)、木村文洋(『へばの』『愛のゆくえ(仮)』『息衝く』監督)

 

予約:090-4395-4852(担当:高橋)、ikiduku@gmail.com

詳細:http://za.polepoletimes.jp/news/2014/02/post-38.html

 

 

 

●Movie Information

『花火思想』

2014年5月23日(金)まで京都・立誠シネマにて上映中

HP:http://hanabishiso.jimdo.com/