サブ2
icon 2014.5.16

映画『バチカンで逢いましょう』コラム「そこにいるのに、いないかのような存在感」

そのふくよかといってはあまりあるプロポーション。「存在感」という言葉がぴったりなのに、どこか儚さを湛えているその身体。そんな不思議な女優、マリアンネ・ゼーゲブレヒト。『バグダッド・カフェ』(89)で演じたヤスミンは、彼女の真骨頂だったといえる。筋は簡単。うらぶれたカフェ兼モーテル「バグダッド・カフェ」を営むストレスが溜まりにたまった女主人・ブレンダのところに、アメリカを旅行中に夫と喧嘩をしてひとり辿りついたドイツ人観光客・ヤスミンと、そのカフェに集う一風変わった人々との心の交流を描く。それだけの小さな物語。それが、日本のミニシアターブームを代表する大ヒットとなった。

 

 

ジェヴェッタ・スティールが歌うテーマ曲「コーリング・ユー」の効果は絶大だった。出演者の演技は、あの黒澤明も絶賛した。パーシー・アドロン監督の色彩感覚も冴えわたっていた。でも、マリアンネ・ゼーゲブレヒトのあの身体、「確かにそこにいるのに、いないかのような身体」の魅力にこそ、多くのひとが心引き寄せられるのではないだろうか。昨今流行りのマシュマロ系とか、ぽっちゃり愛好家とはちょっと違う。そう、彼女の在りようは、まるで彼岸から訪れたような佇まい。詩人の福間健二さんの言葉を借りれば、「天使的」といえるかもしれない。川本三郎さんもプレスに「太った天使」って書いてたっけ。

 

みんな、天使に会いたいのだ。

 

彼女はあるインタビューで、「マリアンネは別の世界から来た子だ、人間じゃないかもしれない」といわれ、いじめられたことがあると語っていた。そのころすでにぽっちゃりしていたのかどうか定かではないが、どこか浮世離れしたものがすでに幼い彼女の中にあったのだろう。彼女はその繊細さと誠実さから、ハリウッドでの成功にも背を向けた。

 

『バグダッド・カフェ』の公開から25年経って、彼女は『バチカンで逢いましょう』という新作でわたしたちの前に帰ってきた。主人公・マルガレーテを別の女優が演じていたら、これほどの優しさや温かさを映画が孕むことはなかったと思う。あらすじは公式ホームページや、HEATHAZEで書いた予告編コラムで是非読んでいただきたいのだが、実際には伏線が十分回収しきれていなかったり、いくつかシーンが足りなかったり、脚本のアラがない訳ではない。それでも、観終わったあとに、まるで嫌な気持ちが残らない。これはもうスター映画の次元を超えた、彼女に包み込まれるような、天使の所業の成せる映画なのだ。

 

 

~おまけ~

映画の中で、「カイザーシュマーレン」というスイーツが登場する。カッコイイ名前でしょ。なんでもオーストリアの皇帝の好物だった伝統的なスイーツで、作るのになかなか手間が掛かるらしく、また作り置きができないため、これまでなじみがなかったそう。今回は、『バチカンで逢いましょう』公開記念で、「TOKYOカイザーシュマーレン・フェスタ」と題して協力店がメニュー提供するタイアップ企画が実施されている。映画の内容とは別の話だが、こういったその時だけの体験型の企画はすごくいい。映画をいつ観たのか、誰と観たのか、頭じゃなくて身体に記憶が刻まれるから。身体の話ばっかりになっちゃいましたが、日々頭でっかちなことばっかりやっていると、「実感」というものをどうしようもなく欲する時がある。それがなくなった時、ひとはやってきた場所に帰るのかも知れないねぇ。(黒澤喜太郎)

 

 

 

●Information

『バチカンで逢いましょう』

 

新宿武蔵野館ほかにて絶賛上映中!

「TOKYOカイザーシュマーレン・フェスタ」も大好評開催中!

それぞれの詳細は、公式ホームページでご確認ください。

http://www.cinematravellers.com/