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icon 2015.6.29

佐伯誠コラム「白い花を浮かべた氷水のように」――川端潤監督作『Beauty of Tradition-ミャンマー民族音楽への旅-』公開によせて

白い花を浮かべた氷水のように

佐伯誠

 

旅に持っていく本、いっときは金子光晴の紀行文の文庫本さえあればという気分で、アフリカへ行くときにもポケットにねじ込んでおいた。マサイマラのバンガローでの夕食のあと、焚き火にあたってロンドンから持ち込んだウイスキーを飲んで、テントに戻ってシャワーを浴びる頃に、下痢と悪寒がはじまった。全身が火のように熱くなって、うなされた。夜更けにはハイエナらしい動物がテントのまわりをうろついて、心細さといったらなかった。そのとき、東南アジアの辻で、屋台で売っているという、白い花を浮かべた氷水のことを思い浮かべて、それで渇きをいやした。金子光晴の紀行文の一節がアタマのどこかに刷り込まれていて、フラッシュバックしたんだろうか。

 

川端潤監督の新作ドキュメンタリー映画『Beauty of Tradition-ミャンマー民族音楽への旅-』の冒頭には、異郷をさうらう感覚が濃密で、グイッと心を鷲掴みにされてしまった。そこからは、手持ちのカメラに先導されて、ミャンマーの人たちとまったく隔たりなく出会って親密になっていく…一種のtreasure huntingの映画ともいえるが、見つける宝石は売り買いできるものではなく、ミャンマーの伝統音楽だから、なんとも清々しい。もちろん、地元にもおなじようにこの伝統を根絶やしにしていけないという同志がいて、このプロジェクトにいっそう弾みがつくことになる。

 

 

それにしても、サインワインという楽器!21コもの太鼓をつなげて、大きな円陣をこしらえて、奏者は真ん中に坐り込む。その手つきばかりか顔も見えないから、サインワインがひとりでに唸り始めるというように見える。いくつものフレーズを紡ぐ機織り機のようでもある。鯨が海原でのんびりと歌っているような、深々として豊かな音楽に、すっぽりと包み込まれる心地だ。

 

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サインワイン

 

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太鼓

 

ミャンマーというのは、かってはビルマと称ばれていて、日本とは強い絆でむすばれていた国だ。『ビルマの竪琴』くらいしか知識がないのが恥ずかしいが、小津安二郎が戦時中にビルマを舞台にしたドキュメンタリーを撮ろうとしていたことを知って、少し胸が震えた。七十年以上もたってから、趣はちがうにせよ、日本人の手でドキュメンタリーが撮られたということを、手放しによろこびたい。さまざまな歴史をくぐって、伝承されてきたなつかしいラブソング!

 

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 竪琴

 

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スタジオ風景

 

この映画は、たくさんの人の渇きをいやすだろうと思う。暑熱にあえぐ人々が、夕べに立つ風にようやく生き返る心地がするように。白い花を浮かべた氷水の一杯、ありふれた日常の恩寵のような一篇だ。

 

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●Movie Information

『Beauty of Tradition-ミャンマー民族音楽への旅-』

 

2015年7月18日(土)まで、ポレポレ東中野で絶賛公開中(14日(火)のみ休映)。全国順次ロードショー。

また期間中、ピーター・バラカンやASA-CHANG、小沼純一らと川端潤監督とのトークイベントも開催。詳細は映画館HPへ。

 

公式HP:http://www.airplanelabel.com/myanmar/movie.html

映画館HP:http://www.mmjp.or.jp/pole2/

 

 

 

●Writer Profile

佐伯誠

editor+writer、インタビュアー。イラストレーションも手がける。2009年より、文化学院の文芸科講師を6年つとめる。鎌倉のcafeエチカにて『小学エチカ』を千田哲也と共に主宰。その活動の対象は、アート、建築、映画、スポーツ、音楽etc.ジャンルを超えて広範なフィールドにわたる。好きなコトバは、チコ・シモーネに教わった、dolce far niente.無為ハ甘美ナリ。