「世代的にはデジタルネイティブって言われますが、僕たちにとってパソコンやインターネットって、空気みたいなもの」
――プログラミングのコードに触ったのはいつ頃からなんですか。
麦:2004年くらいですかね。普通にJavaScriptやC言語からスタートしました。僕のおじいちゃんがどこからかPhotoshopをもらってきてくれたので、それも意味もわからず触ってみたりしてました。
――純粋に遊び道具としてそういうものに触れていた環境だったんですね。僕らがそういうものに出会った時には、仕事になるんじゃないかとか、そういういやらしさがすでにあった気がします。ホームページは、最初はどのようなものをつくっていたんですか。
麦:ペン回しの技のサイトをつくってました。ビギナーズ・ペンスピニングみたいな感じで(笑)ペン回しって、その頃のインターネットが好きな中学生たちのちょっとした趣味みたいな感じだったんですよね。すごいダサいんですけど、根暗なオタクがハマりやすいものだったんですよね。ヨーヨーみたいな感じで、変な技名も載せてたりしました。
――技名は麦さんが命名していたんですか。
麦:いえ、化学者でペン回しが趣味の人がいて、化学物質の命名法と同じようにペン回しの技の名前を体系化した人がいたんですよ。指に番号がついてて、「4,3-フルーエントソニック」みたいな(笑)中学生だったので、そういうのがかっこいいと思っちゃったんですよね。
――いわゆる「中二病」ですね(笑)
麦:僕の周りでもペン回しが流行っていて、ペンを改造したりもしていました。その改造ペンの軸に入れる柄をオリジナルでつくるためにPhotoshopを使ったりしてました。バド部のユニフォームとかでよくある炎みたいなテクスチャをつくって、スポーツ選手みたいな感覚を味わっていました。世代的にはデジタルネイティブって言われますが、僕たちにとってパソコンやインターネットって、空気みたいなものとして接しているので、そういう自覚はあまりないんですよね。CIVILTOKYOのみなさんも、「雑誌ネイティブ」って言われると変な感覚になると思うんですが、それと同じだと思います。
――それが普通ということですね。麦さんがそういったJavaScriptやPhotoshopなどのパソコン文化に深く触れられたのは、実際にそれが手元にあったのも大きいですが、周りに同じような趣味や目標を持つ友達がいたというのも大きいのではないですか。
麦:そうですね。でも、学校にそういう友達がいたというよりも、ネット上のフォーラムを通して知り合った友達の影響が大きいと思います。
究極の登校 (Ultimate Attendance) from 麦 : Baku on Vimeo.
――モーショングラフィックスが出始めの頃は、クライアントもそういうジャンルができたことは知っていても、それが何なのか、どうやって頼んでいいのかわからないという状態があったかと思います。最近ではプロジェクション・マッピングなどにも利用され、一般にも浸透したと思いますが、逆にやりづらくなったことはありますか。
麦:ジャンルとして知られてしまったことで、形にはなっていないけど面白くなるだろう的なアイデアに対してチャレンジがしづらくなるのかな、という感じはします。リファレンスありきで進むことが多いです。企画会議も、VimeoやPinterestでストックしたかっこいい動画をラップトップ開いて見せ合って終わっちゃったりして、そういうのは寂しいなと思います。結果、二番煎じ的な作品が増えてしまいますし…Kinectもそうで、Kinectを使ったミュージックビデオが一時期に流行ったんですが、だいたいRadioheadの「House of Cards」みたいな、点群で顔がビジュアライズされてるみたいな感じになっちゃったんです。Kinectって本質的には奥行きが取れるカメラでしかないわけで、奥行きをワイヤーフレームやポイントクラウドでデジタル空間上にビジュアライズしなきゃいけないとは限らないじゃないですか。でも「kinect music video」とかで画像検索してみると…
――デジタルっぽい表現が多いですね。Kinectといえばこういう使い方、となってしまうということですね。
麦:何かしら流行りのデバイスを使うにしても、僕としては別にこういうトーンに収まらなくてもいいし、もっと新しい使い方やルックを試したいなと思っていても、同じデバイスを使った作品の先例が変にイメージを固定しちゃったりすると、もどかしかったりします。
――インタビューの前に、麦さんが「FITC Tokyo 2016」でプレゼンされた時のスライド(http://www.slideshare.net/BakuHashimoto/fitc-tokyo-2016-think-of-look)を拝見しました。「『ルック』を考える」というタイトルで、今のお話とつながるような気がします。リファレンスが増えて求められるものの幅が狭まり、やりづらくなったというお話でしたが、これからさらに指定される幅が狭くなってくるのかなと思います。そういう状況になった時にどうやって渡り合っていくのか、麦さん自身のお考えはありますか。
麦:こういうアイデアが面白いと言ったところで形がないと伝わらないので、とりあえず自主制作としてつくってみたものが仕事に発展していく、みたいなやり方が出来たら楽しいです。
――美術やクリエイティブと商業の結びつきの歴史の中で、最初は絵のうまい人が王様のお抱えの画家になってお金をもらって、みたいなところから始まり、現代ではテレビができて、つくり手が考えた面白い動きが商業の場で試せた時代がありました。今では昔のテレビは面白かったみたいな感じになっていますが、昔は面白かったハチャメチャなことも、今では一般認識として膨大にストックされてしまっていて、麦さんがおっしゃるように前例がないとつくりづらい時代になっています。でもつくり手は新しいことをやりたいと思っているわけで、今麦さんがおっしゃったような自主制作に力を入れていくようなやり方をお聞きすると、また大きく時代が動いているような気がします。
麦:そういう風にしていくしかないのかな、というのもあります。スケジュール的にどうしても、試行錯誤したり、プロトタイプから作る時間が無かったりする場合が多いので…結局手っ取り早いリファレンスに頼って作っちゃったりするのは少しさみしいです。自主制作とまではいかずとも、日頃から実験し溜めておくのは大事だなーと思いました。
――麦さんもお忙しいと思うので、なかなか難しいのではないですか。
麦:お金をかけて時間をつくるっていう考えって重要だと思うんですよ。お金をかけてっていうのは、直接的には稼ぎを少なくしてっていう意味ですけど、そこはお金を使って時間をつくっているんだと考えます。例えばですけど、仕事を詰め込めるだけ詰め込んだら月40万稼げるところを、時間をつくるために月々25万出したら、稼ぎは15万だけど暇になる、みたいなことですよね。
――好きな作家を教えてください。
麦:Michael Paul Youngがいいです。もとは普通の街の写真とかなんですけど、それをポリゴンに貼り付けてディストーションしまくってグラフィックをつくってる人です。日本でこういうことをやっている人はあまり出てきていないですよね。色味もデザインされていて、いいですよね。Nic Hamiltonもすごく好きです。ジェネレーティブ的な技術を使ってつくっていたりするんですけど、ありがちなジェネレーティブ感じゃない。そういうのがすごくかっこいいと思います。あと、Albert Omoss。キャッチーだし、めっちゃかっこいいです。
――今見せていただいたグラフィックや映像を見た時、つくり方の検討はつくんですか。
麦:なんとなくは見当つきます。ただ、なかなか仕事じゃ許されないトーンですよね…僕は同じデジタルツールでも、予定調和的じゃないトーンのほうが好きです。プログラミングって、物理的な制約のない画材みたいなものだと思います。絵の具の量の制限もないし、どれだけ細かく描き込めるかという制限もない。その自由さが楽しいのに、誰に言われてるわけでもなくなんとなく均質化しちゃう感じがあまり好きになれなくて。自分も人のこと言えないですが…だから、彼らみたいに、もっといろいろ実験してみたいです。実際にgroup_inouの仕事はそういうことも自由にやらせていただけるので楽しいです。
group_inou – foods & System Kitchen
――今までお話いただいたMVやネットアートなど以外で、興味があるものややりたいことなどはありますか。
麦:今、地図にハマっていますね。Google Mapの上の方に、世界史や地理で触れられもしない島があるんですよ。バフィン島とかスヴァールバル諸島とかノバヤ・ゼムリャとかセーヴェルナヤ・ゼムリャとかゼムリャ・フランツァ=ヨシファみたいな。ゼムリャっていうのがロシア語で島とか土地みたいな意味らしくて、ロシアの北方にたくさんゼムリャがあるんです。あと、カナダの北東の辺りとかも気になるんですよ。この辺り見てると、めっちゃヤバい形した島があるんです。「島の形を描けって言われた時に絶対描かない島」暫定ナンバー1がこの辺にあります。それから、「世界飛び地領土研究会」っていう個人サイトがあるんですよ。いろんな飛び地が載ってて、すごいところだとオランダとベルギーの国境線が入り乱れてて家の中を国境線が貫通してる街があったりします。あとは、Wikipediaも見るのも好きです。「Q」の後に「U」以外の文字が続く英単語が極端に少ないって知ってますか。
――知らなかったです。確かに思いつかないですね。
麦:1回気づいちゃったらめっちゃヤバいじゃないですか。それで調べてみたら、Wikipediaに「qu以外の綴りでqを含む英単語の一覧」っていう記事があったんですよ。それを見ると、「Q」の後に「U」がつく単語っていうのは中国語やアラビア語からの音訳がほとんどなんです。言葉として知ってるのはケバブ(qabab)とか氣(qi)ぐらいで、見たことない単語ばかりなんですよ。こういうのって見てて楽しいですよね。
――面白いですね。そういうことをアウトプットとして出すことは考えていらっしゃいますか。
麦:趣味として、何らかの形でまとめてみたい思いはあります。自分はファッションライクなことはできない自信があるし、もう少しナードくさくていいかなと思っています。
――学生の頃から現在までのお話や、やりたいと思っていること、興味を持つポイントなどのお話を聞いていて、今まで拝見していた麦さんの作品と全てがつながった気がします。本日はありがとうございました。
※A,B,CIVILMAGAZINE 第5回 サンドロビッチ・ヤバ子インタビューはこちら。
●Profile
橋本麦 Baku Hashimoto
映像作家、デジタルアーティスト。1992年生まれ、武蔵野美術大学中退。実験的なルックやジェネラティブな制作手法を用い、映像作品からWebまで幅広く手掛ける。これまでにgroup_inou、Koji Nakamura、fhána等のアーティストのMV、アニメ「すべてがFになる」のED映像などを手掛ける。第19回文化庁メディア芸術祭新人賞受賞。現在、INS Studioに所属。