icon 2013.6.12

文月悠光×福間健二◆POETRY FOR LIFE(第10回)

逃走記

文月悠光

 

身をひそめておかねば

うっかりと読み上げられてしまうから

ことばは或るとき街から逃げた。

影がわたしの唇を吸いながら

十番地のコインロッカーまで伸びていった。

ロッカーの鍵はことごとく持ち去られている。

無言で生きのびていけたら、と

願いを押し込めて閉ざした人よ。

わたしの兄だったかもしれない。

物理教師だったかもしれない。

ことばで振り向きたい人など

ここにはいなかった。

ことばで過去を握ってはいるが、

わたしたちはことばではない。

そのはずだ。

 

声がきて、ことばの去り際を尋ねるまで

わたしはぎゅっと髪を結わえておこう。

沈黙の守り人となろう。

口にくわえた鍵を吐き出してごらん。

(はやく開けてやらないと)

そのロッカー

そのことば

逃げてしまうよ。

 

 

 

●Profile

近影正面(小)文月悠光

1991年北海道生まれ。 2008年、第46回現代詩手帖賞受賞。2010年、第1詩集『適切な世界の適切ならざる私』(思潮社)で第15回中原中也賞、第19回丸山豊記念現代詩賞を受賞。エッセイ・書評などを執筆。ナナロク社のホームページにて詩を連載中。タイツブランドtokoneに参加し、タイツに詩の言葉を載せる。2013年6月、第2詩集『屋根よりも深々と』を刊行予定。早稲田大学教育学部に在学中。

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