実況中継
文月悠光
まみれてしまうのなら、
やさしさを選びたい。
夏、いきぶかい路線図の交わりに指を置く。
折れ曲がるからだを
立て直して、背筋伸ばして電車
ひとりでに世界を見送っていた。
光に誘われ、忍びあし
歯車の組み体操から脱け出して
街をみんなに見せたくなった。
雨をくぐった屋根たちの
鱗いちめんに生え変わるとき、
(さようなら)
声高らかに
行方不明の実況中継。
雨にほんとうの終わりなどなく、
またどこかに落ちる ひとしずく。
わたしの手のひらが絞っている。
新たな季節、チューニングせよ。
●Profile
文月悠光
1991年北海道生まれ。 2008年、第46回現代詩手帖賞受賞。2010年、第1詩集『適切な世界の適切ならざる私』(思潮社)で第15回中原中也賞、第19回丸山豊記念現代詩賞を受賞。エッセイ・書評などを執筆。ナナロク社のホームページにて詩を連載中。タイツブランドtokoneに参加し、タイツに詩の言葉を載せる。2013年6月、第2詩集『屋根よりも深々と』を刊行予定。早稲田大学教育学部に在学中。
ウェブサイト:http://www.geocities.jp/hudukiyumi/