写真1
icon 2013.9.6

小原治(ポレポレ東中野)コラム◆沖島勲監督最新作『WHO IS THAT MAN!? あの男は誰だ!?』公開によせて

幻が響く

小原治(ポレポレ東中野)

 

どうして映画を撮るんですか?

こんな質問、話の種にもならない。聞かれた本人が一番困るし、尤もらしく尋ねたところで、野暮になるばかりだ。それでも聞いてみたいと思ったのは、後にも先にも、沖島勲監督ただ一人だ。

1940年生まれの沖島さんは、29歳で若松プロから監督デビュー。その革新性で、当時の映画青年や批評家を熱狂させておきながら、第2作を撮ったのは49歳のときだった。その間、沖島さんは、国民的TVアニメ『まんが日本昔ばなし』のシナリオライターとして、1230話もの脚本を、来る日も来る日も書きまくっていたという。映画監督としては他に類を見ないキャリアに興味を持つなという方が無理だ。「どうして映画を撮るんですか?」僕の質問に沖島さんは「これから死のうって人が僕の映画を見て自殺を思いとどまるとか。いろんな場合があるだろうけど」と一言。いつもの茫洋とした口調に僕は改めて面食らった。沖島さんの撮る映画には、僕らが生きている時代そのものを荒唐無稽なギャグで捉えようとする本当の意味での激烈はあっても、公式の「希望」が明確に提示されたものなど一本もない。

 

最新作『WHO IS THAT MAN!? あの男は誰だ!?』は、沖島監督が震災以降に撮った唯一の作品で、某雑誌のインタビューでも「時間的にも空間的にもワケがわからなくなってしまった、そのことへのリアリティ。それを描けるかが勝負だった」と語っている。僕が本作を初めて見たのは今年の5月。映画の中で時代に翻弄される男たちのミもフタもなさを、底なしで横滑りの悲喜劇として、最初は笑いながら見ていたはずなのに――映画が終わって去来したのは、未だにぴんとこない震災後の現実から還って来れたという感覚だった。“現実から還って来る”それがどういう真実なのか、自分のことなのによく分からなかった。気がフレたとさえ思った。強いて言えば、「我に還る」という感覚に限りなく近い何か。その、どうしようもなく個人にまで届いてしまったというリアリティ。その恐さ。確かに、沖島さんの映画はどれもそうだった。

 

写真2

 

僕は子供の頃、夢遊病だった。寝るのが不安でたまらなかった。まぶたの裏側に広がる無限から自分が消えて無くなりそうで、眠りの外へと脱出しようとする、もうひとりの自分がいた。そいつのことを眠りに就いた後の僕は知らない。目が覚めると、記憶の一部はリセットされていて、夜中にウロウロ歩き回る僕のことは、翌朝に母親から聞かされるばかりだった。自分の頭の中を探しても、向こうから姿を現してくることは無かった。子供ながらに矛盾を抱えながら、それでもギリギリを生きていた。今思えば強烈だった、幻の気配に翻弄されていた頃も、大人になるにつれて遠ざかると、ある映画と出会うまでは再び思い出されることはなかった。沖島勲監督の『一万年、後….。』を見たとき、「あっ、オレ、夢遊病だったよな」という記憶が、映画のストーリーとは直接関係なく呼び戻された。もうひとりの自分に思わず再会してしまったような、忘却の彼方から幻を撃ち返されたような・・・真実の感動とは、文脈の形式では紐解かれることがないぶん、響きのようなものだと知った。

 

写真3

 

次作『怒る西行』にも震えた。玉川上水の久我山から井の頭公園に至る沿道を、沖島監督が散歩する、ただそれだけの映画なのに、幼少期の思い出や、柔軟な芸術論をボソボソと口にするだけで、そこにはない別の現在が、目の前の自然や風景に導入される。その鮮やかさ。中でも印象的だったのが「風」だ。過去も未来も、全ての時間、全ての記憶が、風と共に「今」流れていることに、ハッとした。急に理解してしまった自分がいた。その興奮は、他の誰とも共有できない。存在の真実として、他者を自分に還元することは出来ないように。

 

写真4

 

本来、映画館の面白さもそこにある。共有されるのはあくまでも空間であって、上映される映画ではない。ドラマやアクションの多くが公式に過ぎない時代にあって、沖島勲は、条理を超えたフィクションで私たちの「現在」を根拠そのものからおびやかしてくる。そこで自分だけがハッとなる強烈な何か。スクリーンに投影された光が跳ね返す幻に共同体が解体され、曖昧な暗闇から強烈な個が立ち上がる。沖島勲の映画は、答えなど無いセカイの中で、あなただけにしか響かない。

 

 

 

●WHO IS THAT MAN!? 沖島勲って誰だ!?

1940年生まれ。若松プロから『ニュー・ジャック・アンド・ヴェティ』(69)で監督デビュー後、TVアニメ『まんが日本昔ばなし』のメインシナリオライターとして約1230本の脚本を担当。映画監督作品には他に『出張』(89)。『したくて、したくて、たまらない、女。』(96)。『YYK論争 永遠の”誤解”』(99)等。近年では、一万年の時空を経て中学時代の自分に会いに行った『一万年、後‥‥。』(07)。玉川上水の散歩道に異次元を導入する『怒る西行これで、いーのかしら(井の頭)』(09)など、その革新的な創造性でコアな映画ファンは勿論、新進気鋭の若手芸術家からも賞賛を集める。

最新作『WHO IS THAT MAN!? あの男は誰だ!?』は、「近未来の映画を作るハズだったのに、これじゃ現代と同じじゃないか。すいません」と監督自身が語るように、結果的には【震災以降の寓話】もしくは【悲喜劇2.0】とも言える、見たこともない映画が完成した。

 

◆上映情報

沖島勲監督最新作『WHO IS THAT MAN!? あの男は誰だ!?』

(2013/DV/88min/YYKプロダクション)

10/5(土)よりポレポレ東中野で公開

連日16:50 ざわめく秋の夕方に!

料金:当日一般1300円/中高シニア1000円(前売り券なし)

 

 

 

●公開直前イベント開催決定!

一夜限りのスペシャルナイト!先行上映&トーク!

『WHO IS THAT MAN!? あの男は誰だ!?』先行上映決定!

本作を「途方もない大傑作」と絶賛する佐々木敦さんをゲストにお招きして、沖島監督とのスペシャルトークショーも開催!

 

開催日時:9/25(水) 開場18:45/開映19:00

上映作品:『WHO IS THAT MAN!? あの男は誰だ!?』

スペシャルトーク:沖島勲監督×佐々木敦 (批評家)

整理番号付きチケット1300円

ポレポレ東中野で発売中!(限定70名) 定員に達し次第販売終了

 

 

『沖島勲って誰だ!?』オールナイト!

沖島勲の伝説的な傑作群を一挙上映!

SF?に、時代劇?に、ピンク映画に、散歩映画に…ぜーんぶ沖島映画!!!!

 

開催日時:9/28(土) 開場23:15/開映23:30 (終映:05:55予定)

上映作品 (以下、上映順)

『一万年、後….。』 (2007/DVCAM/79min/YYKプロダクション)

『YYK論争 永遠の誤解』 (1999/35mmフィルム/103min/YYKプロダクション)

『したくて、したくて、たまらない、女。』 (1995/35mmフィルム/61min/新東宝映画)

『怒る西行 これでいーのかしら(井の頭)』 (2009/DVCAM/97min/YYKプロダクション)

整理番号付きチケット2000円

ポレポレ東中野で発売中!(110名) 定員に達し次第販売終了

 

************************

 

配給・宣伝:ポレポレ東中野(小原)

ohara@co.email.ne.jp

事務所:TEL 03-3362-0081/FAX 03-3362-0083