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A,B,CIVILMAGAZINE 第3回 中山晃子――クリエイティブ集団・CIVILTOKYOが注目アーティストにインタビュー

「異なる性質を持ったものを出会わせた時にできるものや、境界線の美しさが見たい」

――中山さんがいまの表現に辿り着いた経緯を教えてください。

 

中山:小学校の頃、書道の授業の後で筆を洗っている時に、水道の中で墨がウヨウヨしているのを見て、きれいだなって思ったんです。他にも墨の匂いとか、特有のテラっと光るところとか、作品としてアウトプットしなきゃいけないところ以外の面白さっていうのに気づいた経験が思い出されます。

 

――今日お話させていただく前に、CIVILTOKYOの3人でAlive Paintingの映像を見ながら、小学校の頃、絵の具で遊んだよねって話していました。メロンソーダつくったりとか。

 

中山:怒られるサイドの(笑)

 

――ちゃんと絵を描きなさい、っていう(笑)

 

中山:液体の経験は誰の中にもありますよね。

 

――忘れていた感覚を思い出しました。

 

中山:それから色彩の原体験で言うと、私が小さい頃に、たんぽぽとかどくだみとかの茎はなぜ赤と緑なんだろう、と不思議に思った記憶が鮮明にあります。それで自分で、色鉛筆で片方から赤で塗って、もう片方から緑で塗って、それらがなんとも言えない混じり合いをした時に、実物の茎より生々しい茎が描けた、と思った時があったんです。そういう小さな経験がたくさん積み重なっているんだと思います。

 

――そういった経験は中山さんの中にずっと染みついていたものなのでしょうか。それとも、ふとした時に思い出したようなものなのでしょうか。

 

中山:私の場合、ずっと興味があるんです。例えば、目の前にいるみなさんがいま、この光源を浴びてこの色になっているっていう状態は、いまだけじゃないですか。それが消えてしまうものだってわかっているから、その記憶が別の色に着色されたり脚色されたりしてしまわないように、それを正確に記しておきたいっていう欲があるんです。私は話をするよりも描く方が得意な子供だったので、絵で留めることをよくやっていて、それがいまもなおっていう感じですね。

 

――写真に撮っておく、というのとは違って、自分の目で見た風景やその時感じた匂い、聞いた音もそこに詰めたいっていうことなんですね。

 

中山:加えて、外の環境をいくら完璧にしても、自分の受け取り方が最終的なフィルターになります。そして、いまの状態の自分を維持することもできないから、自分も違う人間になると考えると、その時の自分の状態、設定も含めて保存しておくことになるんです。

 

――自分と他人で、見ている色や形がまったく違うものかもしれませんしね。

 

中山:その色の見え方のあやふやさを描こうと思ってつくったのが、ICCで展示している「赤い緑、黄色い青」です。学生の頃につくった「Light on Acrylic」(2012年)も同じ構造でつくられていて、受け取り方が人によって違うから、人がものを見て認知する工程に興味があってつくった作品です。

 

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「Light on Acrylic」91.4×141.9cm, 2012

 

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「赤い緑、黄色い青」328.0×123.0cm, 2015

 

――他の過去作品についてもご紹介いただいてよろしいですか。

 

中山:これが2014年の作品「You and Me」で、色のついた栄養のある液体を吸わせて、出会わせて新しいものをつくるというものです。こういうふたつの別々の要素を持ったものが出会った時にできる、新しい形っていう関係性に興味があるんです。Alive Paintingも、異なる性質を持ったものを出会わせた時にできるものや、境界線の美しさが見たいんです。泡を出すのも、気体と液体の界面が一番特殊な現象が起きやすいと言われていて、空気と液体がつくるわずかな膜が魅力的なんです。加えて、これをなにかに見立てるっていうことに興味があって、泡を人のように見立てたり、インクの流れが川に見えたり、虫に見えたり。人によってなににそのイメージを投影するかはさまざまですが。

 

――ICCで展示されている「卵」でも、「なにに見えますか」と投げかけていらっしゃいますね。

 

中山:今回の展示は子供向けなのですが、怖い、気持ち悪いっていう印象を受ける子もいれば、おいしそう、きれいっていう子もいます。それって、なにかに見立てているから怖い、きれいってことじゃないですか。そういうことを引き出したいんです。

 

――同じものを見ているのに、見えている情景が違うっていうのは面白いですね。

 

中山:「colors on canvas」(2012年)も見立ての装置としてつくった作品です。キャンバスにアクリルなんですが、私が筆を入れた部分はひとつもなくて、美大生が捨てた紙パレットから絵の具を剥がして、キャンバスに乗せています。ゴミだと思われていた絵の具をもう一回絵にした、というわけです。極端ですけど、これも美しいものとゴミとして選別されたものの価値をひっくり返すということなんです。書道の作品より捨てられた墨の方がきれいと思った経験につながるんですが、両極にあるものの呼び名を変えるとか、そういうことに興味があるんですよね。

 

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「You and Me」Refrigerator, Soft drink, Juice, Liqueur, 2014

 

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「colors on canvas」162.0×162.0cm, 2014

 

中山:それから、これは「皮膚と血」(2012年)という写真作品です。これは人体も流動の現象の中で組成されていく、ということに興味があった頃につくった作品です。なにになるかはわからないけど、いきものがつくられていって、なんの生物かが決定されるちょっと前の状態の、栄養がたくさん含まれた流動がつくりたい、という思いでつくりました。

 

――どうやって撮影されたのですか。

 

中山:この写真の位置に、赤いインクの点滴が落ち続ける装置を製作して、インクが跳ねている瞬間を撮影しました。それから、「visual cells」はストロボを焚いて、水の滴が見えるようにした装置で、写真に取らなくても肉眼で跳ねた瞬間が見える作品です。

 

――直接絵などに落とし込むのではなく、装置を使って表現しているのが面白いですね。

 

中山:この作品で使っているメディアは写真で、他の作品はインスタレーション、パフォーマンスと全部違うんですが、軸は一緒です。私がやりたいことは一気に掴むことはできないので、まずはこっちの方向から触ってみて、次の年は逆の方向から触って裏側をつくって、という感じで、見えないものをいろんな方向の手で掴むような感じで制作してます。

 

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「皮膚と血」59.0×171.0cm ink-jetprint, Acrylicmount, 2012

 

09_visualcells「visual cells」stroboscope, ink, water, 2012