永山由里恵(響子役)
23:27映画美学校ロビー
パソコンに向かってマスコミに送るメールの文面でも考えてるんだか、
ただ、うとうとしているだけなのか定かではないけど
微動だにしない矢野昌幸の背中を見ながら、このコラムを書いている。
原稿を上げるのが一番遅くなってしまった。
宣伝作業に終わりはない。今日も結局終電だ。
眠い頭でつらつらと筆を進めようと思う。
「イヌミチ」の撮影は東京の端っこにある大きな古めかしい日本家屋で始まった。
そこだけ時間が止まってしまったような不思議な存在感のある家で
クランクインの夜、自分がもう後戻りできない場所にいて、何かが始まってしまうんだと強く感じた。その興奮を今でも思い出す。
それは、美しい光と影を作ってくれた照明のせいかもしれないし、
私達を映画の画面に定着させようとするカメラの存在感のせいかもしれないし、
監督が、まるでオーケストラを指揮するように私達、俳優を縦横無尽に動かす巧みな演出のためかもしれない。
大勢の人が密集しているのに息を殺して私達の芝居に集中している。その緊張感。
西森が「今からあなたは犬になります。」とコインを回す時。
フィクションと現実もクルクル回り溶け合い始めた。
あの部屋で、響子と同様に私もイヌミチという映画の中に迷い込むのを感じた。
あの日から、気づけば1年が過ぎようとしている。
伊藤理絵さんの書いてくれた響子に出会えて、万田邦敏という世界で一番尊敬している映画作家の主演ができて、矢野昌幸という俳優と演技ができて私は幸せだった。
そして、やっと、この作品が観客の元に届くのを見送って、この作品を手放す。
その日が、すぐそこまで迫って来ている。
私は、その姿をちゃんと見届けて、
この愛すべき映画と愛すべき人々に、ありがとうとさようならを言うつもりだ。
なんだか、つらつらと書き進めて
気付いたらコラムがイヌミチへのラブレターになってしまった。
そろそろ、矢野君を起こさないと終電に乗り遅れる。
その背中を見ながら、
イヌミチという長い道のりを
撮影から宣伝まで共に闘い走れたことを、私はとても嬉しく思う。
心からありがとうと言いたい。
これからも矢野昌幸らしく自分の道を突き進んで行ってほしいと勝手にエールを送っている。
そして私も映画のフレームの外へ一人歩き去っていった響子のように
イヌミチの先に続くエイガミチを歩いて行こう。
この映画で出会った多くの人々と、またきっと、どこかで道が重なることを願いながら。