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浜田真理子インタビュー「全部音楽とも言えるし、全部日常とも言えるし」◆『But Beautiful』発売によせて

浜田真理子との出会いは、鳥取県民謡の「貝殻節」だったと思う。ピアノのみで切々と歌う、その歌声に、深い寂寥を覚えた。映画「ヴァイブレータ」やドラマ「白州次郎」の挿入歌、ドキュメンタリー番組「情熱大陸」への出演、音楽舞台「マイ・ラスト・ソング」での小泉今日子との共演など幅広く活躍し、デビュー15年目を迎える。音源もオリジナルアルバム、カバーアルバム、ライブアルバムとさまざまだが、そのどれもが浜田節。彼女の場合、アーティスト、ミュージシャン、シンガーソングライターというより、「ピアノ弾きの歌うたい」という言い回しが一番しっくりくるのではないか。

 

研ぎ澄まされた情念、まるみのある母性、淡々としたまなざし――。そんな彼女が、4年ぶり5枚目のオリジナルアルバム『But Beautiful』をリリースした。「恋のよろこびも かなしみも みんなまとめてBut Beautiful(ま、いいか)」がテーマのコンセプトアルバムで、ピアノソロやストリングスで魅せる。大友良英(G)、水谷浩章(Contrabass)、外山明(Dr)、近藤達郎(Accordionほか)、また水谷率いるphonolite stringsがゲスト参加。録音はzAkと、強力な布陣が揃った。書き下ろしの曲を中心に、ジャズ、民謡、シャンソン、ワルツ、讃美歌のムードをたたえた全12曲がおさめられ、不気味ながらもからっと明るい作品に仕上がっている。

 

取材は渋谷CLUB QUATTROでの発売記念ツアーの前日、某喫茶店にて。翌日のライブ(というより秘密の小箱を開けるような演奏会といったほうがいいかもしれない)は、赤、青、緑、紫、オレンジ、ピンクと、一曲ごとに一色の照明がめくるめく照らされながら進んでいった。思わず笑みがこぼれる録音時の裏話をはさみつつ、音源とはまた違ったアレンジで聞かせる。まっすぐあでやかで、凛としたピアノと声で楽しませてくれた。

 

インタビューは新作の制作秘話からライブについて、西洋音楽と日本の伝統音楽の「へえ~」な違い、八百万の神々の国・島根出身者ならではの人生観、歌手・娘・母・祖母と多彩な顔を持つ彼女の音楽と日常まで、ボリューミーな内容となった。お茶目でさばさばした彼女のいまのことばを見逃さないでほしい。それでは、浜田真理子と『But Beautiful』、解体開始!(取材・文・写真/福アニー、ライブ写真/山田真介)

 

 

「だいたい普通のことってあんまりやったことがなくて…」

――5枚目のアルバム「But Beautiful」の発売記念ツアーも岡山からはじまって、残すところ渋谷CLUB QUATTROのみですね(2013年5月20日時点)。

 

浜田:そうですね、よくここまでこれたわ(笑)うれしいんだけど、ここで気を抜いてはいけない、最後までがんばろうと思っています。とはいえ、各地で続けてライブというよりはちょこちょこ日にちが空いていたので、その合間に大阪のスタジオを借りてレコーディングのやり直しをしたり、名古屋では飛び入りで人のライブに参加したり、いろんなことをしていましたね。

 

――普通だったらリリースしたあとにツアーを回ることが多いと思うんですが、今回7月の一般発売に先がけて5月にツアーを回り、その場で先行発売するというかたちをとったのは?

 

浜田:だいたい普通のことってあんまりやったことがなくて…実は発売記念ツアー自体、今回がはじめてなんですよ。いつもアルバムがなくてもテーマを決めてツアーしていて、お客様ももうそれに慣れていらっしゃるんですが、今回はちゃんと計画性をもってやってみようと。それでアルバムきっかけのツアーをやりますっていうのを先に発表して、そのあと録音したんです。日程にはレコ発って書いてあるのに、「…っていうかまだ録ってないじゃん!」みたいな。

 

――え!?

 

浜田:もちろんデモまではできてて、ミュージシャンも場所も日程もおさえて、あとは録るだけって段階でしたけどね。いつも3日くらいで録るんですよ。

 

――結構スピーディーですね。

 

浜田:スタジオ代が高いので(笑)3日でばーっと録るのは何年もやってるから録るとなったら早いんですが、そこにいくまでが長い。参加ミュージシャンも忙しいひとばかりだったので、そのスケジュールを押さえるのが一番大変でしたね。1月に曲を書いて、参加ミュージシャンの返事を待ちつつ、3月初頭に九州ツアーが入っていたのでそれに合わせて5月のレコ発ツアーも発表して。でも実はまだ録ってません、もしできなかったらごめんねツアーやります、みたいな。風邪ひいたら終わりだし、内心ヒヤヒヤしながら…

 

――実際、難産でしたか。

 

浜田:曲を書く時点では難産でね。私、いままでがそんなに多作じゃないんですよ。毎日曲を書いてるわけじゃないし、思いついたら書いて、たまったものをアルバムにするってやり方だったの。だからアルバムも4年に1回くらいのペース。あと曲はライブで歌ってから発表することが多いんだけど、今回はコンセプトアルバムで、いままで聞いたことのない書き下ろしの曲がいっぱい入ってるアルバムにしようと思って。でもそんなこといままでやったことないから、受験生みたいな感じで「ううー、ううー」ってなってましたね。曲づくりを早くやらないとあとのことが全然決まらないので、マネージャーに弱音を吐きつつ、「もう無理です」「いや、がんばってください」の応酬でした。

 

――マネージャーさんの励ましが効いた?

 

浜田:ことばをつくるってところでいろいろ悩んでいたので、「こういう参考文献どうでしょう?」って教えてもらって。誰かのCDを聴いてインスパイアされても、それは真似になっちゃうというか、それに引きずられてしまうので、むしろ全然関係のないエッセイや詩集…『高村光太郎詩集』や『スティーブ・ジョブス』、『建設業者』やイノベーションの本を読んで。なかでも鳶やペンキ屋やセメント工や、建設業に携わってるおじさんたちのインタビュー集がおもしろくて。「プロってどういうことでしょう?」「やめないってことなんじゃないですか」とか。あらゆることに手を出して、なんかとっかかりをつかもうと思ってましたね。

 

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――建設業者の話が出てくるとは…新作は4年ぶりですが、それくらいのペースが浜田さんには合っているんでしょうか。

 

浜田:最初の頃はOLもしてたので、あまりライブもできないし、あまり曲も書いてないっていうのがあって…前作「うたかた」は、とくにコンセプトもなくソロの弾き語りで、CMのタイアップ曲や書きためたものを整理するために出したアルバムだったんですね。その前の「夜も昼も」は、大友(良英)さんとのアンサンブルで。「うたかた」をリリースしたときは、とにかく曲がいっぱいあったので、それをきちんと整理してかたちにしておかないことには次に進めないんじゃないか、かわいい子どもたちをなんとかしてあげようって気持ちがあった。今回は書き下ろしもふくめて、そのあとにつくった曲だけですね。そろそろこのタイミングでのこしておかないと、あと何枚出せるかわからないし。

 

――今回、プロデューサーはとくに立てず?

 

浜田:ええ、参加ミュージシャンと話し合いながらやりましたね。大友さんは「あまちゃん」で忙しすぎて全曲参加はならなかったんですが、彼ふくめみんなリーダー作があるひとたちなので、互いにそうくるならこうやろうって感じで。エンジニアのzAkは長年一緒にやってきて、もはやメンバーのひとりになってるので、ただ録音するだけじゃなくいろいろアドバイスしてくれる。それも採用しつつ。

 

――具体的にはどうやってご自身のイメージを伝えていくんですか。

 

浜田:私のイメージの伝え方は…「焚き火やってる感じでやりましょう」「もっさりした感じでやりましょう」「そこすんどめで」とか。音楽の専門用語は使わない。いままでご一緒してるメンバーなので、私のこともわかってるし、隅々まで指示するというよりは自分で考えてもらって、自分だったらどうするかをのせてもらって。

 

――抽象的なお題を投げて、あとは各々具体的にやってねという…

 

浜田:私自身、すごくクリアなイメージがあるわけじゃないので。投げたお題に、みんながどんなものを出してくるのか見たいところもあって。

 

――なるほど。新たな発見や気づきはありました?

 

浜田:あることばを投げると、みんなそれぞれ思うことが違う。その違ったイメージがおもしろかったですよね。そのひとのプレイの特長やスタイルがあって。みんなデモを聴いて来るわけだけど、イントロは適当って書いてあるから各々適当に入る。即興でやるとだいたい一番最初がいいから、テイク1か2で決める。あと当日リハはやりますけど、事前に会ってこのイメージはこうでってアレンジをつめることはないんですよ。大友さんプロデュースの「夜も昼も」をつくったときに、リハやってそこでつめすぎちゃうと、本番おもしろくなくなっちゃうってことがわかって勉強になりましたね。

 

――ある意味、「夜も昼も」がターニングポイントに?

 

浜田:それこそ、生まれてはじめてアンサンブルでやりましたからね。その前の2枚はソロだったので。「夜も昼も」は、私がソロでやってたのにアンサンブルをやることになってその世界を壊してはいけないとか、曲を台無しにしてはいけないとか、みんながおそるおそるやってたところがあって。でもすごく勉強になった。私は私でやるんで、あとはちょっと邪魔にならない程度で足してくださいみたいなスタイルだったんだけど…こういうことしてもいいんだ、こう投げたらこう返してくれるんだ、ここが得意でここが不得意なんだって、だんだんみんなとの意思疎通もできてきたんです。今回は「なんでもいいんで」「NGないんで」「それくらいやられても平気なんで」ってところがあって。がっちり固めるんじゃなくて、少し抜けてるような音楽が好きなので、ソロ、デュオ、ストリングスカルテットで楽しくやりましたね。